先月招集の宗会(最高議決機関)において、安原晃宗務総長は、原子力発電所が問いかける課題について次のように述べました。
いま私たちは、真宗門徒として、「教えられる」ということを、この問題への取り組みの基としなければなりません。金子大榮先生の「やりなおすことのできない人生であるが、見直すことはできる」とのご教示は、教えに照らされてはじめて為せるという意味でありましょう。みずからの生活は、みずからの都合で、人間の考えの延長で見直すことはできません。宗派といたしまして、まず「学ぶ」という姿勢、「聞く」ということを堅持してまいりたいと思います。決して自己関心に沈んだ正義を振りかざすことなく、「目の前のひとりの人と語り合う・聞き続ける」。それを、私たち自身が、ここに始められるかどうかにかかっているのであります。「教えられる自分が明らかになるということだけが、教える法(仏法)に応えることである」(安田理深)。謙虚さをもって聞思し、積極的な学びを呼びかけ、展いてまいる所存であります。

