まだまだけつがあおいごぼはん

【東日本大震災】移民200年 支援今こそ

2011年08月25日

北陸→福島・相馬 来月記念式典

砺波の真宗門徒ら参加へ

東日本大震災の被災地・福島県相馬地方へ江戸期に、大量の人が北陸から移住してから今年でちょうど200年となる。その記念の式典が、移民の歴史を縁に支援を続ける南砺市などの真宗寺院の門徒らが協力して来月、現地の寺院で開かれる。震災から約半年、改めて被災地支援のあり方も探るという。

式典は9月28日、南相馬市の浄土真宗・東本願寺原町別院(木下秀明院代)で開かれる。同別院の門徒のほか砺波地方の真宗門徒ら計約200人が参加する予定だ。移民の歴史でつながる住民が民間レベルで交流し、被災の当事者意識を共有することで新たな支援のきっかけを探る。

移民は、相馬市内の別の寺院に文化8(1811)年、門徒が越中から「入り百姓」数十人を引き連れ移住したとする記録が残され、これが移民の始まりとみられるという。

当時の旧(相馬)中村藩は、天明の大飢饉(き・きん)の影響で子供の「間引き」の風習がなくならず、人口が約3分の1に減少。藩は、宗教的な理由で間引きしないとされた真宗門徒の移民の受け入れを進めた。

国境を越える移住は御法度だったが、藩は災害復興の秘策として進め、越中の中でも砺波地方の真宗門徒らを多く受け入れた。拠点となる真宗寺院も藩内に開設。移民の数は、明治初期に6万人程度とされた人口の約半分になったとみられている。

今回の震災後、南砺市は支援物資の提供や職員派遣などで支援してきたが、生活物資などは被災地の現状に必ずしも適合しない面も出始め、現地の実情把握が課題となっている。

同別院の門徒は約7割が県外などに避難している。集会開催は困難だったが、木下院代らと先月懇談した南砺市の太田浩史・大福寺住職らが応援を申し出ると、避難先から別院門徒ら150人がこれにこたえ駆けつけることになった。

「たまたま200年の節目の年の大災害となった。単なる善意の支援は続かない。移民でつながる双方が当事者意識を持って交流すべきだ」と太田住職。別院の木下院代も「式典が、親類同士の関係の交流のきっかけになれば。近隣の地域の門徒の人たちも参加するので盛り上げたい」と期待する。(八田伸拓)